補完庫

消えてしまわないように

ガラパゴス島のケータイ

いまだにガラケーを使っている。

そもそも電話が嫌いである。携帯電話が出てくる前、家の固定電話の頃から電話が嫌いだった。突然鳴り出すのが気に入らない。しかも、当時の電話は出るまで相手が誰かわからない。コミュ障気味の私は、ドキドキである。

で、思い切って出たら、「山田さん、もうみんな集まってるで」と間違い電話である。馬鹿馬鹿しい。なぜ、こんな機械に私が振り回されなければならないのだ、と腹を立てたものだ。

ケータイ電話が出た時は、驚いた。

まるでスタートレックに出てくる通信機ではないか。スタートレックの大ファンだった私は、電話嫌いにも関わらず、すぐに購入した。まあ、しばらく誰にも教えなかったので、天気予報を聞くくらいしか役に立たなかったが。

時代は進んで、今のケータイは、ガラケーと言えども馬鹿にできない。写真は撮れるしネットもテレビも見れる。パネルもタッチ式で使いやすい。機能的には、スマホに引けをとらないのではないか。しかも、防水である。

何と言っても、値段が安い。私など月に千円くらいしか払ってないのだ。

ソフトバンクからは、何度か「スマホに替えませんか」と通知が来たが、絶対に替えないのである。ソフトバンクスマホだと、ネットのシミュレーションでは9千円ほどかかる。馬鹿馬鹿しい。どうしてもスマホにする必要があるなら、格安スマホを選ぶに決まってるではないか。

いずれソフトバンクから「これまでと同じ千円で結構ですから、スマホに替えてください」と泣きついてくるような気がする。そうなったら、替えてやってもいいと思っている。

それまではガラケーで頑張るつもりだ。

 

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どんどん減っていく

私の周囲からも本屋は減っている。

以前は歩いてすぐのところに3軒あったのだが、全部なくなった。少し歩けば1軒あるのだが、ここは、企画に凝ろうとして失敗している本屋で、あまり魅力がない。テーマ別にコーナーを分けたりするのだが、スペースの関係でいずれも中途半端。大型書店がやるようなことを、小さな書店がやっても無理なのだ。

しかも、私が好きな海外小説のジャンルが皆無である。SFや文学がないのはわかるのだが、ミステリーまで置かないというのは変である。よく見ると日本のミステリーも少なく、もしかするとミステリー嫌いの店主なのかもしれない。

行くと必ず腹が立ってくるので、あまり行かないようにしている。

まあ、本はAmazonで買うから問題ないのだが、それでも本屋が減るのは残念だ。

例えば、街の中にパチンコ屋が増えると街の品格は減る。本屋が増えると、街の知的度が上がる。レストランが増えるとグルメ度が上がり、風俗店が増えると助平度が上がる。どんな店が増えたり減ったりするかは、その街の性格を形作る上で重要なのだ。

書店の数は、2017年度で約1万2千店。このままの推移では、3年後には1万店を下回りそうな状況である。

私も以前は本屋で長時間過ごすことがよくあった。だが、最近は、行っても10分程で出てしまう。いずれ、本屋に行かなくなる日も来るのだろう。本屋が悪いのか、それとも歳を取った私に問題があるのか。

「飛ばない豚は、ただの豚だ」というセリフを誰かが言っていたが、本屋に行かない豚もただの豚である。ただの豚に失礼ではあるが。

 

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持病の下痢が

テレビの時代劇で突然女性がしゃがみ込み、心配して駆け寄った主人公に「持病の癪(しゃく)が」と言う場面をよく見る。人物を関係づけるための安易な手法であり、たまに主人公を狙う暗殺者だったりもする。

私は、「癪」というのが何かわからず、癪と言うからには癇癪持ち、今で言う韓国人の火病みたいなものかと思ったのだが、それならしゃがみ込む必要はない。違うな。腹を押さえているから、もしかすると下痢便ではないか。恥ずかしいから、当時の人は「癪」と言っていたのではないか、などと考えていたのである。

全然違っていた。

この「癪」というのは、実は、胆石のことだったようだ。当時の医療技術では胆石と診断するのは難しく、腹部の激痛を総じて「癪」と呼称したのだと言う。疝痛発作と呼ばれる症状があり、かなりの激痛なのだそうだ。緊急搬送される人も多いと言う。

私は胆石はないが、尿路結石にはなったことがある。しかも、何度もだ。

あれもかなり痛くて、ローマ時代だったか、あまりの激痛に睾丸の下あたりを切り裂き、尿道から結石を取り出していたこともあったらしい。尿毒が全身に回って死ぬのだが、それでも取り出すほどの痛みということだ。

打ち合わせの途中で痛みはじめた時は、死ぬかと思った。

尿路結石であることはわかっていたので、精神的には大丈夫だったのだが、とにかく痛みに耐えなければならない。その内、さすがに気づかれたのだろう。「どこか具合でも?」と訊かれた。

私は基本的に正直な男だから、「尿路結石で、激痛が」と言うはずだったのだが、口に出たのは「腎管結石」だった。なんとなく「尿路」というのが恥ずかしかったのだろう。相手が若い女性ということも影響したらしい。つまらん見栄を張ったものだ。自分の人間の小ささが恥ずかしい。

「持病の癪が」とでも言えばよかったと後悔している。

 

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